2026年04月23日
Appleの歴代CEO 後編
Apple どん底の経営状態で終わった前編、各CEOはどうやって立て直していったのか。後編です。
1996〜1997年:ギル・アメリオ
ナショナル・セミコンダクターのCEOとして同社を復活させ、再建屋の異名を持ったアメリオは、Appleの再建を期待され、CEOに就任。開発プロジェクトの絞り込み、リストラを断行し、財務の健全化を図りました。最大の課題は、次世代OS Copland。使いやすいものの、構造的には時代遅れのMac OSをモダンOSに切り替えるプロジェクト。Macworld Expoでデモを行うところまで来ていたものの、開発は難航し暗礁に乗り上げていました。アメリオは自社開発の断念し、他社OSの採用を決断。最終的にBeOSとNeXT社のOPENSTEPが候補に残ります。最終段階までBeOSが最有力だったものの、土壇場でOPENSTEPが逆転勝利。AppleはNeXT社を買収、それはつまりスティーブ・ジョブズのApple復帰を意味します。当初はジョブズとの友好関係を強調したものの、すぐに対立。Apple 経営陣もジョブズ側となり孤立。CEOを退任します。
アメリオ自身は、Appleの復活の最大の功労者と主張していますが、それは過大評価が過ぎるでしょう。もっとも、スティーブ・ジョブズをAppleに復帰させたのは最大の功績と言えるでしょう。
1996〜1997年:ギル・アメリオ
ナショナル・セミコンダクターのCEOとして同社を復活させ、再建屋の異名を持ったアメリオは、Appleの再建を期待され、CEOに就任。開発プロジェクトの絞り込み、リストラを断行し、財務の健全化を図りました。最大の課題は、次世代OS Copland。使いやすいものの、構造的には時代遅れのMac OSをモダンOSに切り替えるプロジェクト。Macworld Expoでデモを行うところまで来ていたものの、開発は難航し暗礁に乗り上げていました。アメリオは自社開発の断念し、他社OSの採用を決断。最終的にBeOSとNeXT社のOPENSTEPが候補に残ります。最終段階までBeOSが最有力だったものの、土壇場でOPENSTEPが逆転勝利。AppleはNeXT社を買収、それはつまりスティーブ・ジョブズのApple復帰を意味します。当初はジョブズとの友好関係を強調したものの、すぐに対立。Apple 経営陣もジョブズ側となり孤立。CEOを退任します。
アメリオ自身は、Appleの復活の最大の功労者と主張していますが、それは過大評価が過ぎるでしょう。もっとも、スティーブ・ジョブズをAppleに復帰させたのは最大の功績と言えるでしょう。
1997〜2011年:スティーブ・ジョブズ
アメリオを実質的に追放し、事実上経営トップとなったジョブズでしたが、CEOの就任は頑なに拒否し、暫定CEOとなりました。以前Apple を追放された恨みによるものなのか、あるいは強引な乗っ取りとの批判を避けるためのものだったのか。ここは定説はないようです。
互換機事業の停止、格段に性能の上がったPowerPC G3 搭載機の投入で経営は上向きに。さらにiMacの大ヒットで、Apple の復活は誰の目にも明らかになりました。
2000年には、満を持して正式にCEOに就任。同年OS X Public Beta をリリース。2001年には驚異的なヒットとなるiPod を発売。2007年には、現在のAppleを支えるiPhoneを発売。
2008年には健康問題が浮上し、2009年1月には治療に専念するため半年の休職を発表。この間、ティム・クックがCEO代行を務めることになります。
2010年にはiPadを発表。2011年1月には再び休職を発表するものの、2011年3月にはiPad 2を自ら発表。明らかにやつれた様子で、病状の深刻さを窺わせました。
2011年8月に、遂にCEOを退任。同10月5日、iPhone 4Sの発表の翌日に死去しました。
アメリオを実質的に追放し、事実上経営トップとなったジョブズでしたが、CEOの就任は頑なに拒否し、暫定CEOとなりました。以前Apple を追放された恨みによるものなのか、あるいは強引な乗っ取りとの批判を避けるためのものだったのか。ここは定説はないようです。
互換機事業の停止、格段に性能の上がったPowerPC G3 搭載機の投入で経営は上向きに。さらにiMacの大ヒットで、Apple の復活は誰の目にも明らかになりました。
2000年には、満を持して正式にCEOに就任。同年OS X Public Beta をリリース。2001年には驚異的なヒットとなるiPod を発売。2007年には、現在のAppleを支えるiPhoneを発売。
2008年には健康問題が浮上し、2009年1月には治療に専念するため半年の休職を発表。この間、ティム・クックがCEO代行を務めることになります。
2010年にはiPadを発表。2011年1月には再び休職を発表するものの、2011年3月にはiPad 2を自ら発表。明らかにやつれた様子で、病状の深刻さを窺わせました。
2011年8月に、遂にCEOを退任。同10月5日、iPhone 4Sの発表の翌日に死去しました。
2011〜2026年:ティム・クック
2度のCEO代行を経て、ジョブズの後を引き継ぎ、CEOに就任します。考えてみると、Appleの歴史上初めての円満なCEO交代と言えると思います。
元々、生産、流通のプロで、COO時代にも製造委託、在庫圧縮を推し進めて莫大な利益を上げることに貢献。CEO就任後も、2018年に米国企業として初めて時価総額1兆ドルの達成、2023年には3兆ドルを達成。Appleを世界最大のテクノロジー企業に押し上げました。
先日、2026年9月1日にCEOを退任し、会長就任を発表しました。
経営の数字上は卓越した実績を残していますが、製品から見たティム・クックの功績といえば、Apple WatchにApple SoCへの移行といったところ。正直、ジョブズと比較すると、革新性やワクワク感が乏しく思えます。
2度のCEO代行を経て、ジョブズの後を引き継ぎ、CEOに就任します。考えてみると、Appleの歴史上初めての円満なCEO交代と言えると思います。
元々、生産、流通のプロで、COO時代にも製造委託、在庫圧縮を推し進めて莫大な利益を上げることに貢献。CEO就任後も、2018年に米国企業として初めて時価総額1兆ドルの達成、2023年には3兆ドルを達成。Appleを世界最大のテクノロジー企業に押し上げました。
先日、2026年9月1日にCEOを退任し、会長就任を発表しました。
経営の数字上は卓越した実績を残していますが、製品から見たティム・クックの功績といえば、Apple WatchにApple SoCへの移行といったところ。正直、ジョブズと比較すると、革新性やワクワク感が乏しく思えます。
2026年〜:ジョン・ターナス
実務家の印象が強かったティム・クックですが、ジョン・ターナスはハードウェア担当重役でした。もちろん、ティム・クックのようにAppleを成長させつつ、革新的でワクワクするハードウェア、ソフトウェアを世に出してほしいものです。
実務家の印象が強かったティム・クックですが、ジョン・ターナスはハードウェア担当重役でした。もちろん、ティム・クックのようにAppleを成長させつつ、革新的でワクワクするハードウェア、ソフトウェアを世に出してほしいものです。
vintagecomp at 09:47│Comments(0)│Apple Topics
